「スルガと僕の感情大戦」

著者 天津 向 all

14.5.8

「スルガと僕の感情大戦vol33」

僕はとにかくこの誤解を解くためになんとか会話をしようとするも、亜寿沙は聞く耳を持たない。
「理由より……そもそもあんな下着を履いているというのもどうかなとは思うが……」
ぼそっと呟いた僕の台詞に対して、亜寿沙は顔を真っ赤にした。
「バ、バカじゃないの!?あんなひ、卑猥な下着なんて履かないに決まっているじゃない!わ、私、ラクロス部だよ!」
ラクロス部だと派手な下着を履かないというのは逆偏見だと思うのだが。
「あれは、あれだよ!秀美さんが送ってきて!『もうあんたも良い年なんだからこれくらいのセクシーな下着とか履いて同級生の男子を悩殺しちゃいなさい!』って書いた手紙も入っててさ!」
……なるほどね。ちなみに秀美さんというのは母さんの妹、つまり僕ら兄妹の叔母さんに当たる人で、先程の話から分かる通りかなり男性に対してアグレッシブな人だ。そんなこんだでついたあだ名は『女豹』だとか『女郎蜘蛛』だとか『ひでちゃん』だとか。
まあ『ひでちゃん』は関係ないんだけど。
「それをなんで私の所有物みたいに捉えているの!私のは全然あんなのじゃない!もっとシンプルな白いやつとか……」
とまで言って亜寿沙は顔を紅くしてこっちを睨む。
「何言わせるのよ!」
そう言うと手元にあったクッションを僕に向かって投げてくる。
「最低ね!」
「そうだそうだ、威砂貴は最低だぞー」
内容を分かっているのか分かっていないのか、適当なトーンで野次を投げてくるスルガ。いや、誰の着替えの為にこんなに揉めていると思っているんだよ……そもそもなんでスルガと亜寿沙が普通に喋っているんだよ……

14.5.2

「スルガと僕の感情大戦vol32」

次の瞬間、天井がかすんで視界に入ってきて、そのぼやけた世界を辿り出して思い出す。
体を起こすと、そこには亜寿沙とスルガが楽しそうに談笑していた。
「お、起きたのか威砂貴」
こちらに気付いたスルガが手を振りながらそう言う。その言葉でこちらを見る亜寿沙はとんでもなく汚らしいモノを見る眼だった。
「何ですかあなたは」
急によそよそしく喋った亜寿沙。その言い方の冷たさにぞくっとする。
「い、いやだなあ亜寿沙さん。僕ですよ。兄の威砂貴ですけど」
気圧されて僕もつい敬語になってしまう。
「私に兄なんていませんけど」
「いやいや!いるよ!ずっとあなたが産まれた時からいるよ!」
「それは生き別れの……的な話でしょうか?」
「いや違うよ!目の前にいる兄貴だよ!」
つんけんとした顔をしながら相も変わらず淡々と話を進める亜寿沙に対してしっかりめにツッコむ僕。しかしそれに対して亜寿沙は笑う事もない。
「意地悪しないでくれよ亜寿沙」
「妹の部屋を勝手に見るような人をお兄ちゃんだと思いたくないんですけど」
「それはそうだな!ごめん!それにしても少し理由があって」
言った僕の台詞に驚きを隠さず口に手を当てる亜寿沙。
「理由!妹の下着なんかを見ている事に理由!なんて変態な理由が聞けるのかな?ヤバイ、聞きたいような聞きたくないようなだよ!」
「だからそういう事じゃなくて!」

14.4.10

「スルガと僕の感情大戦vol31」

そう呟いた後、僕は目的を思い出し、とりあえずクローゼットを開ける。するとそこにはたくさんの女性っぽいというには少し幼いような服がたくさんあった。
「服はちょっとボーイッシュなんだよなあ。多分こういう少女趣味と思われたくないんだろうなあ」
部屋と服を見比べながら呟く。さてさて、どの服が一番良いのだろうか。というか、普通にここにかけている服はダメだ。おそらく服の中でも一軍の服だらけだろうし、それが無くなっているとなると絶対に騒がしい事態が起こるのは目に見えている。
「となると…下か」
ハンガーにかかっている服の下に段ボールが二箱。きっとそこに服の二軍を入れているのだろう。そう思った僕は段ボールを開ける。
「なかなか開かないな……よし!……こ、これは!」
そこにあったのは、俗にいう下着、というやつがたくさん入っていた。しかもそれは黒であるとか赤であるとか、布面積が少ないであるとか、とにかく派手という言葉しか思いつかないようなそんな下着ばかり。なかには金色のスパンコールみたいな物もあった。
「え?こ、これを有里音が穿いている、のか?こ、こんな、もうセクシー過ぎるパ、パンツを……?」
かなりドギマギしていたのは、やっぱり全く有里音に、こういう女子的要素を感じなかったからだ。イメージになさ過ぎる。僕はパニックになっていた。
だからこそ後ろの物音に気付けなかったのだろう。
「……!?」
気付いた時にはもう遅かった。振り向くと、いつも朝に顔を合わせる家族がいた。
しかし朝の時なんかよりも遙かに怒りのオーラを纏った僕の妹が。
「あ、亜寿沙、こ、これは違うんだ!」
「違うって……何が違うのよこの変態兄貴-!」
次の瞬間には亜寿沙の右足の体重が乗った見事な蹴りが、しゃがんでいる僕の顔にヒットした。
そして意識を失った。

14.2.25

「スルガと僕の感情大戦vol30」

なんとか息を急いで整えて、そこから、とりあえず玄関を開けて靴の感じを見る。ふむふむ。いつもなら靴が脱ぎ捨ててある感じなのだが今日はそんな事はない。なるほど、まだ亜寿沙は帰ってきていないみたいだ。
それを確認すると、後ろにいるスルガを玄関の中に入れる。ここは迅速に動かなければならない。なぜなら、スルガを玄関に立たせておくと、ご近所さんから変な風に思われる事請け合いだからである。
「ほう、これがこの世界の住まいなのか…」
えらくほう、ほう、と言いながら四方八方を見るスルガを横目に、僕は一旦妹の部屋に行く事にする。
「お、おい、待て!どこへ行く?」
「いや、すぐ帰ってくるから!着替える服を用意してくるから!」
そう言って二階の妹の部屋へ。しかしドアの前に立つと案外緊張している自分に気付く。
「…そういや、妹の部屋に入るのって、いつ以来だ…」
呟いたとて、正確な時間が出る訳でもない。が、おそらくここ3年は入っていないだろう。そう思うとどうも奇妙な背徳感に苛まれる。
「いや、そんな事を言っている場合ではない!」
僕は目を瞑ってドアを開けた。それは少しばかりの罪滅ぼしだったのかもしれない。
そっと目を開けるも、当然そこには誰もおらず、少し良い匂いがした。
見渡すと、全体的に非常にガーリーな部屋で、基調はピンク、になるのだろうか。そう思わせるには充分過ぎるピンクの布団の所には可愛いライオンのぬいぐるみがあり、壁には可愛い女の子5人組のアイドルのポスター。
とにかく女子の部屋、という感覚が強い部屋だった事に僕は驚いた。
どっちかというと、がさつなタイプだと思ってたのに、こんなにも少女趣味な感じだったとは…。
机も当然甘ロリのような色使いで、それこそポエム帳なんてものもあるんじゃないかな、なんて本棚に目を軽く通すと、背中に『AZUSA POEM NOTE VOL4』という、ノートには少し分厚い文具を見つけてしまった為、僕は頭を抱えて、それから目を離す。
「しかも4か…けっこう巻数出てるなあ…」

14.2.23

「スルガと僕の感情大戦vol29」

そうやってなんとか着替えさせる気持ちを成功させたのは良かったのだが、その服を一体どうするのだという話になってくる。
僕みたいな者が、女性の服でここ!という店を知ってる訳も無く、かといって手に入れる為にちょいと洗濯物を…なんてなると真剣な盗人だ。それをやる勇気も無謀さもない。
うーんと唸って、自分の女性の履歴を脳内で探った結果、一件がヒットした。
亜寿沙、つまり僕の妹である。
妹なら、このスルガの身長と一緒くらいだし、問題はないのではないだろうか。いやしかし、妹の服を勝手に持って行くというのも、今さっき挙げた盗人とさして変わらないのではないだろうか…
「おいー威砂貴-。どうするんだー?」
見るとスルガは体を左右に動かしながら、こっちを退屈そうに見ている。それはまるで子供が親の井戸端会議の終わりを待っているようなそれだった。
やばい。せっかく服を着替えさせるタイミングが来たというのに、これを逃している場合ではないぞ。
「よし、スルガ、とりあえずこっちだ!」
時間をかけている場合ではない。とにかくスルガを自分の家の方向に連れて行く。
「おそらくこの時間なら、多分まだ亜寿沙は家に帰ってないはずだから…」
淡い期待を胸に、なんとか家まで小走りで向かう。
そして家に着く。いつもの下校にかける時間と比べると、だいぶと早く着いたが、僕は玄関前で少し息を整える。
「どうした威砂貴?ここが目的地なのか?入らないのか?そもそもここはどこだ?走ってた時に皆がこっちを見ていたがなんだったんだ?もしかしてピザを食べるのをジャマしようとしているのか?何故息が切れているのだ?息が切れる程まだ何もしていないではないか?体力がないのか?」
…疲れている時に、こうも質問攻めされると何も答えられませんけど。と思うも、僕はスルガを軽く睨みながらゼエゼエ息を切らす事しか出来なかった。